
『竜兵会―僕たちいわばサラリーマンです。』
お笑い界には、いくつかの派閥があると言われている。そういったものの存在は、普段あまりあからさまになることはない。テレビの視聴者は、バラエティ番組の中で芸人が「このあいだ○○と飲みに行った」などとしゃべっているのを聞いて、彼らのプライベートでの人間関係を漠然と思い描くことしかできない。そういった芸人たちの派閥や対立関係は、ゴシップ誌などで面白おかしくネタにされることもあるが、いずれにしてもあまりはっきりした全貌はつかめない場合が多い。 そんな中で、テレビでも公然とその存在が語られている異色の組織が1つだけある。それが、ダチョウ倶楽部の上島竜兵率いるお笑い芸人集団「竜兵会」だ。『アメトーーク』(テレビ朝日)などの人気番組に取り上げられたことで、その知名度は一気に上昇した。 竜兵会とは、上島と彼を慕う後輩芸人たちの集まりだ。主な活動は、東高円寺の居酒屋「野武士」にて、酒を飲んでくだを巻くだけ。それでも、最近では土田晃之、劇団ひとり、有吉弘行といった一癖ある売れっ子芸人を次々に世に送り出している。 竜兵会とはどういう組織なのか。お笑い界の他の派閥とはどこが違うのか。それを考えることで浮かび上がってくるのは、トップに立つ「上島竜兵」という男の特異な存在感だ。 竜兵会の最大の特徴は、「利権がない」ということだ。多くの若手芸人にとって、先輩芸人と親しくなってその人の出ている番組に共演させてもらう、というのはかなり魅力的なことだ。それを狙って人気芸人とお近づきになろうとする芸人も少なくはないだろう。 だが、竜兵会に所属してもそういったメリットはない。上島は現在、テレビで冠番組を持っていないからだ。いくら上島やダチョウ倶楽部に取り入っても、そこから直接の利益は得られないのである。 もちろん、女性にモテるという意味でのメリットも限りなくゼロに近い。土田の話によれば、「上島さんと飲んでるんだけど」と言って知り合いの女性を誘っても、誰も来てくれないという。たとえ女性が来ても、シャイな上島は緊張してほとんどまともに口を利くことができない。こうして徐々に竜兵会は女っ気のない集まりになっていった。 組織が腐敗するのは、そこに利権があるからだ。売れたい、モテたい、といった明確な目的意識を持って打算的な行動を続ける者が増えれば、組織の根幹が崩れてしまう。 だが、竜兵会にはそんな心配はない。彼らは直接は何の利権にも結びついていないからだ。土田、有吉を筆頭に、一同はダメ人間である上島を罵り、容赦ないツッコミをいれる。彼らは独特の形の主従関係で結ばれているのである。
4月12日発売の書籍『竜兵会―僕たちいわばサラリーマンです。出世術のすべてがここに』(双葉社刊)は、そんな竜兵会の各人のインタビューをまとめたもの。個性豊かな面々が、竜兵会における自分の立ち位置について赤裸々に語り、サラリーマンの世界でも通用する処世術の極意を伝授している。 この本の中で、「竜兵会の広報部長」の異名を取る土田は、「あんまりいい話はしたくないんですけど」と前置きしながらも、竜兵会という組織の成立基盤に関わる重要な指摘をしている。
上島、肥後が僕らの位置まで下りてきてくれて、何でも言いやすいような空気を作ってくれたから。そこが、あの人たちの唯一いいところで偉大なところ。
上島、肥後のツートップが隙だらけのユルい雰囲気を作っていったからこそ、風通しのいい組織が生まれたのたのである。後輩芸人に次々と追い抜かれながらも、「子分肌の親分」として悠々と御輿に担がれている上島竜兵は、来たるべき時代の新たなリーダー像を提示しているのかもしれない。